生きようとする。


その目的に関しては
自己満足でいいのではないのか?


社会に対して、会社に対しては
求められるものは結果がすべてであるけれども。





ここのところの自分の生活を振り返って
何がしたいことなのか考えてみると


・何もしたくない。
・やせたい。
・ちょっぴりもてたい。



この辺に落ち着く。



欲求をベースに
世間体という調味料で味付け。



行動の指針が人にどう思われているか
にシフトしすぎてしまっているところが
たるみが理由なんではないのか。


なぜ人に・・・
となるのか。



逸脱したくない
という欲求の表れではないのか。
下にはもちろん、上にも。


下のときはそれを回避しようと
エネルギーが一瞬出る。
そのときだけだが。
サッカーでも降格争いって
燃えるでしょ?
そんな感じだ。



厄介なのが上。
あんまり目立ちたくもないんだ。




下で目立つのも嫌。
上で目立つのも嫌。




自分ってやつは
何でこんな風になってしまったんだろう?
さいころからそがんだんね〜。
周りには理論武装していても(しているつもりでも)
本音はこの辺。



ただ人より優位に立ちたいとも思っている。
優越感に浸りたいとも。
自分はいったい何なんだろう?



自分勝手で独りよがりな
矮小な人間に思えてくる、自分が。
たいしたことない存在。



本質の部分で醜い。
そして社会というフィールドでも
利益確保という結果を出せない。



自分に価値なんてあるのか?
少なくともたるみ自身は見出していない。
生きてて申し訳なくなってきた。



だけど死ぬのは怖いからイヤ。



最低だ・・・





わがままなだけではないか。