R−25〜格付け〜

アメリカのムーディーズ・インベスター・サービス。
新聞やテレビなどではムーディーズと略されていることが多い。
世界で最も信頼の厚い企業の格付け機関だ。



投資家達の貴重な判断材料になっているそうだ。



現在日本の企業は300社がムーディーズに格付けされている。
ただこの格付けはそれぞれの企業が
自分達でお金を払ってムーディーズに格付けを依頼しているそうだ。



信用があがれば
投資家達の関心が高まり、
投資が増える。
→資金調達がより容易になる。



ISO認証と似てるなと思った。




環境報告書に足りないのはこの視点だと思う。
第3者による認定。
政府のガイドラインに従って
報告書を作成するものの
それぞれ強調したい点や
表の作り方などが統一されていない←意識的にそうしているそうだが
のでわかりづらい。
ゼミでいろんな環境報告書を読んだ時正直思ったところだ。





今度学校教育の現場では
これまでの相対評価から絶対評価に切り替えていこうと
準備が進められている。


個々の努力目標に対してのそれぞれの攻略度合いを評価基準とする。
例えば授業で書いた論文が全国の論文大会で入賞する
成績をおさめた生徒も
ずっと算数が苦手で九九ができなくて
頑張って完璧に言えるようになった生徒も
同じ5になる可能性がある。



客観的な習熟度とは全く関係のないところで評価がなされる。
そしてその子にとってそれがものすごい努力が必要なものなのか
判断する先生の考えひとつで評価が変わる。
従来も先生の恣意というのは
評価に当たって当然関わってきたが
絶対評価への移行は先生の恣意の度合いを高める効果をもたらすと思う。



学校での成績がこれまでよりさらに
客観的な価値判断の基準とはなりえなくなって
補正値が生まれるような気がする。
評価が5でもどの程度の学力なのか全くわからないからだ。
A高校の5はウチの高校だと3だな。とか。


サッカー界にも同じような仕組みが採用されている。
欧州のリーグでそのシーズンに一番得点を取った選手に贈られる
ゴールデンブーツだ。



リーグのレベルに応じてそれぞれに係数がかかっている。
イタリアやスペインは×2、オランダは×1.5などのように。
選手の得点にこの係数をかけた数値で欧州得点王を決める。



例えば仮にミランで25ゴールを挙げたシェフチェンコ
PSVで30得点を挙げたケズマンを比べた場合、


シェフチェンコは25×2=50ポイント
ケズマンは30×1.5=45ポイント
となって得点数の低いシェフチェンコの方が
ポイントの上では上位になるのだ。





話は戻って
今後は内申書というのは
いかに学校で問題を起こさずやってきたかを示す程度のものになり
学力を内申書ではかることをさけていくのだろう。


第3者からの客観的な評価基準。
今社会にもそれこそが求められていて
公認会計士や法的な客観的判断の担い手である法曹人口も
ロースクール設立に伴って増員の方向だ。
就職活動にしても
客観的判断基準である資格がものをいう現実がある。




そして日本企業にも成果主義を掲げる企業が増えてきている。
成果すなわち結果。
結果こそ客観的な評価基準だ。
(正しいかどうかは別として社会の方向はこの流れだ。)


「いやぁ注文いただいてた商品
届けようと頑張ったんですけど届きませんでしたぁ。へへへ。」
商品は届かなかったけど
彼は注文をとることはできたので
彼なりには頑張ったから
評価は5。



これがこれからの教育なの?
実際の社会と全く逆のことを教えるの?
社会に出るにあたって役に立たない知識ばかり詰め込むから
おかしなことになるんだろ?


ただ他人と比べるから苦しくなる。
だから気持ちの持ちようとして
自分と相談する。
これは自分もそう思うし、
よく家族とも話すことだ。



でも絶対評価を単純に教育現場に取り組むのは
何か話が違うような気がする。




偏差値をやめたときも
ゆとり教育を始めた時も
結局大幅な修正を図られた。
今回も同じことのような気がする。
ただキレイ事をならべているだけにしか思えないね。